アンセルはデンマーク体操を愛好するグループです。

アンセル通信・コラム

アンセル通信

楽しく、休まず、頑張らず!!
堀内イズムがアンセル躍動の妙味

秋山 博

歯切れ良い号令、キビキビした身体能力、健康優良おじさんの代名詞のような堀内さんが、桜満開の花のもとこの世を去られ、 これもめくるめく時の流れかと感慨深く、心からご冥福をお祈り申し上げます。

堀内さんと私の出会いは、今から50数年前、神田のYMCAの水泳教室に通っていた頃、フロアで堀内体操レッスンがあり、 威勢良い掛け声のもと私も参加させてもらいました。 それまで体操と言えば、学校の授業のチンタラ体操ぐらいしか経験のない 田舎出の私にとって、若き堀内リーダーのエネルギッシュに躍動する体操に「体操とはこういうものか」と、とたんに魅入られて しまいました。
 また、当時、YMCAのリーダー格の方が、デンマークに短期体操研修に派遣されるとかで、応援の募金も差し上げました。  帰国後、本場デンマークでは、音楽を取り入れリズムに合わせた振付けが盛んだとか、堀内教室でも流れるリズムに合わせた手法を 取り入れてみたものの、壇上の堀内リーダーが、どうもリズムのテンポと微妙にズレてしまい、苦笑いしながら、元通りの 「イチ、ニ、サン、シ」のクチ三味線手法に戻したことがありました。

 やがて、勤務地の異動などから、YMCAとは、しばらく疎遠となりましたが、堀内さんとは、年賀状のやり取りだけで数十年が 経ち、やがてお互い高齢期に至り、確か、15年位前、私のビジネス人生も卒業期を迎えた頃、堀内さんから「私は、今、デンマーク 体操の会の会長をしており、近く、代々木のオリンピックセンターでデンマーク来日チームとの国際交歓会をするので、見学に来ないか」 とのお誘いを受け、会場に赴き何十年かぶりに再会しました。 その場で、「今、この会では、男性会員を増やそうとしているので、 参加しないか」との話があり、さて、私のレベルで勤まるかと思いながら、観覧席でアンセルチームの後方で動いている堀内さんの 様子を窺っていると、まあ、あの位なら出来るかとの思いを抱きました。 その場で古川さんを紹介され、近く、武蔵嵐山で夏合宿が あるからとのこと。はたしてどうかと思いながら、皆さんの後方に隠れ、廻りの方達を見まねでオズオズ動いていたら、古川さんから 「秋山さんは、どの程度なのか見ているので、もっと、前に出て」と言われ、これ以上恥をかくのもなんだと気遅れしながら、 その場は終えました。 その様子を気にしていたのか、堀内さんから「皆さんと何回かやっておれば、何とかサマになるから、 この年齢だし、“楽しく、休まず、頑張らず”でいきましょう」と、それもそうかとアンセルに参加して17年が経ちました。 あの時の堀内さんの一言がなければ「年寄りの冷や水はやめよう」となっていたと思います。

アンセルもここにきて、羽仁先生、御小柴さん、そして堀内さんと相次いでこの世を去られ、これも年々高齢化が進行する時の 流れとは心得ていますが、堀内さんの残されたモットーを胸に、それぞれの身体機能に合わせ、これからも心楽しく体操を エンジョーイしたいと思うこの頃です。

合 掌

お通夜に参列して

並木 泰江

アンセルの会長を長く勤められた堀内浩二さんが4月7日に亡くなられ14日にお通夜が営まれました。
昨年の2月に奥様と連絡がとれて江古田のリハビリ施設に村松さんとお見舞いに伺いその後も何度か訪問しました。 私たちが行くのを楽しみに待って下さっていると伺っていましたが、1月2月はインフルエンザで奥様も面会が出来なかったそうです。 そしてもっとご自宅に近いところに移るかもしれないとお聞きし、お見舞いを控えていました。再度連絡をすると移らず同じところに おられると聞き、3月30日に秋月さん清水さんと私の3人で江古田の施設に伺いました。年末にお会いしたときより言葉も表情も 少なく、体調が落ちていると感じましたが、一緒におやつを食べたり清水さんのハンドマッサージに表情も柔らかくなって、 「良かった、また来ます」と、おいとましました。その時に秋月さんが撮った写真が遺影になりました。

斎場のある中野坂上は、高層のオフィスビルが建ち夕方の駅は混み合っていました。1階で受け付けし2階の斎場に上がると、 白と紫の花で飾られた祭壇は堀内さんの遺影を囲んで清楚で優しさにあふれ、お人柄が偲ばれました。奥様と長男の真一郎さんと その奥様が親族席で皆様の弔問を受けておられました。アンセルからは菊池先生、宮坂さん、秋山さんの男性陣に、久保田さん、 村松さん、大羽さん、秋月さん、清水さん、大塚さんと並木が参列しました。地元で体操の指導を受けられた高齢の方々が、杖をつき、 あるいはご夫婦が支え合ってお焼香をされる姿に、本当に皆様に愛されYMCA精神にあふれた活動をされておられたのだと 思いました。棺に入った堀内さんは痩せておられましたが、表情は穏やかで、「お疲れ様でした、ありがとうございました」と、 最後のお別れをしました。
ほぼ毎日通い支えてこられた奥様とご遺族の皆様にあらためてお悔み申し上げます。

堀内さんの思い出

秋月 とし子

堀内さんに初めてお会いしたのは、ちょうど47年前になる1970年の4月、私が東京Yに入館した時です。デンマーク体操の 指導で週2回、台に上がっておられ、とても大きな声で号令をかけ、40代には見えない若々しい姿でした。女性ファンも多かったと 思います。堀内さんの体操は18時から45分間、その後マット運動を45分、計1時間半がデンマーク体操の時間でした。 最初の堀内さんの体操には100名を超す人が集まることもあり、Aジムに入りきれない人はその上のランニングトラックで体操 しました。素朴で元気な指導、熱心に体を動かすその時の汗臭い空気感は、今でも頭の片隅に残っています。

「第1回社会人の体操交歓会」の、堀内さんの手書きのプログラムが、ここにあります。 1980年10月12日、於:東京YMCA体育館、参加チーム17、体操指導は堀内さん、長谷部さん(東京Yリーダー)、 今村(古川)幸子先生、羽仁先生です。古川先生のチームは、清瀬、新座、小平、市川とあります。小平、市川の皆さんも、 長いお付き合いになりました。
アンセルの前身の「デンマーク体操友の会」は、月1回東京Yの体育館で行っていました。また交歓会も年1回、東京Yの体育館、 東陽町の体育館と、堀内さんの口利きで使用できました。当時、私たちは当然のように思っていましたが、今は堀内さんのYMCA への貢献の賜物ということがわかります。 堀内さんは、YMCAの活動に幅広く関わり、何年か前にはYから60年表彰を受けたと聞いています。私も体操の他には、 子供たちとのキャンプ、肢体不自由児達との蔵王雪上教室、ジョギング大会の手伝いなどなど、いつも中心的な存在でしたが 、決して出しゃばらず、上手に仕切ってくださったと、ご一緒した思い出はつきません。

3月30日にお会いして、それが最後とは思わず、「また来ますね、バイバイ」と別れました。私たちは帰り支度をして、奥様が車椅子 をエレベーターまで押して、いつも通りの自然なお別れでした。堀内さん、今頃自由に一人で歩いているのでしょうか? お疲れ様でした、ありがとうございました。安らかにお休みください。

今も聞こえる「ハイホー、ハイホー!」

清水美千子

私のデンマーク体操との出会いは堀内さんとの出会いでもあった。会社勤めをしていた時に職場の同僚が神田のYMCAで デンマーク体操をしていると聞き、早速会員となりデンマーク体操に参加した。そこには体育館いっぱいに集まった参加者を前に、 白いシャツと短パン姿で「ハイホー、ハイホー!」と大きな声で楽しそうに指導する堀内さんがいた。東京YMCAのデンマーク体操は、 大勢の会員が午後6時から45分間の準備運動として行ったあと各クラブへと散っていくのであった。この時から、私はかけ声に 合わせ体を動かすデンマーク体操の楽しさに惹かれて体操を続けてきた。

 

YMCAでのボランティアリーダーとして堀内さんの尽力は数々あると聞いているが、その中でもデンマーク式の技を競うのでは なく地域の体操チームが今練習している体操を発表するという「第一回デンマーク体操交歓会」を1974年に名古屋のYMCAで 開催した。その交歓会は社会人も参加の「デンマーク友の会」を経て、1998年に堀内さんを会長として誕生した「デンマーク 体操クラブ・アンセル」に引き継がれ現在に至っている。各グループが一年の成果を発表し、一緒に体操を楽しむ機会である。 これも堀内さんのデンマーク体操に対する思いが息づいている。

  

堀内さんの元気な「ハイホー、ハイホー!」のかけ声がいつも聞こえています。これからは羽仁先生と一緒に天国から我々の活動を 見守っていてくださいね。

堀内さん 語録

広報委員会編

  • Kis先生へ
    先生のチームの発表 飾らない素朴な動きは、見ている人々に感動を与えました。 Kisの精神を多くの日本人に伝えたいと思います。(アンセル通信Vol.8 2000年7月)
  • 会長に就任して責任の重さを痛感しています。会員皆さんと力を合わせて、人間性回復をめざし、質の高い生活を 支える体操をして21世紀にふさわしいアンセルを作りあげていきたいと思います。(アンセル通信Vol.10 2001年1月)
  • 日本の社会では節目を大切にして生き方を見直す習慣があります。新年新たな気持ちでこれからの人生を豊かに続けるものと するための活動と、アンセルの目的でもある一人でも多くの方に体操の喜びを知ってもらう努力を進めていきたいと思います。 (アンセル通信Vol.16 2003年2月)
  • 私の目玉体操は視力の回復の他に視野を養う事を意味しています。 「目くばり」「気くばり」「心くばり」を養う事です。 聴力も聴覚が大切な様に、身体の機能を高めると共に、人間として誠実に、あきらめず前進する心を養いたいと思います。 (アンセル通信Vol.18 2004年2月)
  • 私は体操は見せるものでなく、健康づくりの結果として動けるようになったのを見てもらうということで、普段の練習の成果と 考えています。そしてその成果は自分だけのものにせず、多くの人に知ってもらうことも大切です。ぜひお友達をお誘い下さい。  (アンセル通信Vol.20 2005年2月)
  • それにしても皆さんの元気さには驚きです。動く事も大切ですが休養も大切です。夏ばての原因は暑さだけでなく、 冷房によって体調を崩す事があります。その予防には風呂の湯船に浸かる、 37〜38度のぬるめのお湯に15〜20分浸かる半身浴が 有効と言われています。(アンセル通信Vol.29 2006年9月)
  • 内気で消極的な人間が、小学校の同級会で、あまりの変わりように驚きの目で見られるようになるほど、体力もついた上に、 社会人としてリーダーシップを取れるような人間に変ることができたことは、デンマーク体操との出合いと、「教えさせてもらう」 というYMCAの考え方によるものと感謝している次第です。(コラム第2回「人生を変えたデンマーク体操」2007年11月)
  • 私は、東山魁夷画伯がデンマーク体操をしていたことに驚き、早速、書状で現在も私が引継いでやっていることを書きました。 9月23日に第6回デンマーク体操交歓会が開かれるので、直ちに招待状を差し上げました。所要で出席できないとのご返事を頂いて いましたが交歓会の当日、プログラムの進行中に、東山画伯からの電話で、都合がついたのでこれから行くとの事。プログラムの終 了を遅らせて画伯をお待ちしました。午後4時に画伯は急いで来場されました。9月とはいえ体育館は暑く、画伯も汗びっしょり、 私が隣席に居て扇子の風を送って差し上げたことを今も思い出します。参加者全員に対し画伯のお話しを頂き、記念写真を撮り、 閉会しましたが、忙しいなか時間を割いて来場された画伯のデンマーク体操に対する思い入れに感動致しました。 (コラム第3回「東山魁夷画伯とデンマーク体操」2007年12月)

  • お帰りなさい、お疲れ様でした。デンマークでは皆さんそれぞれが思う存分に力を発揮し悔いのない動きをされて、 デンマーク体操クラブアンセルの名を高めてきて下さったと思います。不参加の私も、栞を見ながらデンマークに行っている思いを めぐらし、7月15日日本に帰国してホッとしました。この旅で得た良い体験や出会いをこれからのアンセルの活動に役立たせて 下さい。期待をしております。(アンセル通信Vol.35 2009年8月)
  • ボランティア・リーダーとして指導をさせてもらって60年、払った会費の何倍もの健康をもらいました。 (アンセル通信Vo.l.37 2010年4月)

  • 浜田先生が「我を忘れるのがスポーツ、我を見つめるのが体操」といわれました。デンマーク体操は、目に見えないものを追求し、 体のプロポーションではなく、体の機能、働きを追求する、今の言葉でウェルネスです。  年齢に関係なく病気でない状態から 、精神的にも社会的にも、日々の生活に満足できる生活の質の向上と、社会に持てる能力と意欲を生かして貢献する、いわゆる 生きがいを持つことで、幸せな日々を達成することが大事な時代になったようです。(アンセル通信Vol.44 2012年2月)
  • YMCAに入って60年、その間、月・木のデンマーク体操を休まず続け、水曜日は杉並地区で「ひだまり体操」を10年、 山手YMCAでは、中高年の人のための体操、 ワクワクサロンを月1回6年、ウォーキングの準備体操を15年、この他健保の 運動会の体操が48年、地域の夏休みのラジオ体操も48年と、指折り数え色々やってきました。 これも参加者が喜び、 ことに体操自体を自分の身体が喜ぶ体操としてデンマーク体操との出会いを喜んで頂きました。それが10月29日の手術、 11月11日退院、自宅療養に入りました。私のお友達の医師に、どんな時も栄養と筋トレーニングとストレッチの他、 一番大切なのが「精神力」だと教えて頂きました。これを守って、1日も早く復帰したいと思います。 (アンセル通信Vol.47. 2013年2月)
  • 昨年はこの交歓会をお休みしましたので、今回は大勢の方からお見舞いを頂き、ありがとうございました。 ご心配をお掛けしましたが、元気に回復しつつありますのでご安心ください。アンセル通信Vol.49 2013年11月)
  • 私の健康についても大変心配をかけて頂き感謝です。アンセルでも私の体操の声だけでもとの声があり、杉並地区の 「ひだまり体操」を再開してみました。一年半の筋肉トレーニングの不足と平衡感覚の不足は、体を動かすのに大変でした。 自然体という言葉は昔からありますが、姿勢や動きが自然であることが良いとされてきましたが、それすら判らなくなってしまい ました。体操のむずかしさを改めて感じています。(アンセル通信Vol.50 2014年2月)
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